J-Popは世界的なマーケットに乗れるのか

K-Popは人気と実力で、世界へ広まっています。かつてJ-Popも、日本の経済発展とPopカルチャーを後ろ盾に、そのオリジナリティーで愛してくれた人はたくさんいました。

残念ながら、現在の日本は経済的に下降気味であります。しかし、Cool Japanを唱えずとも、オリジナリティーが溢れている部分は、J-Popに限らず世界中の人から、工業製品のようなハードと共に、文化的なソフトとして受け入れられています。

日本の音楽市場は国内で閉じており、しかも世界第二位の規模であるため、アーティストもレーベルも、自ら世界へ打って出ようとはしません。私たち、J-Popファンからすれば、もったいない気がします。

日本の市場はこの先も安泰でしょうか?いいえ。ずっと安泰ではいけません。日本の経済が上向く要因はありません。経済が豊かでなければ、人々は楽しみにお金を出してはくれません。音楽に対してもお金を出し渋ります。

では日本の経済が上向けば、安泰でしょうか?いいえ。不況は世界的なものです。現在の不況の状態は世界大戦の前と似ていると分析する人もいます。戦争の足音が聞こえてくれば、そして戦争により生活に支障を来すことになれば、誰も音楽だなんて言っていられません。

一部の夢想家たちは「音楽で世界平和を」を唱えるでしょうが、未だかつて音楽により平和がもたらされたことはありません。音楽や芸術は平和の上に成り立っているものです。

日本の音楽市場が安泰だなんて夢に過ぎません。実に、不安定な市場です。

なぜ、こんな暗い話をするのでしょう。ネガティブな話です。聞かない、聞きたくありませんよね。

それは可能性について考えるためです。

インターネットの世界的な復旧がもたらしているものは、一言で定義すれば「平均化」であると、私は思います。

何かの製品を作っている社長は、どこの国で、同じ製品をどのくらいの値段で作成できるのか、簡単に知ることができます。実際の交渉の手がかりを始めることも可能です。「より安く」の流れが起きます。

貧しい国の、安い労働力の人々は、ネットにより、他の地方、国では高いクオリティーの生活があり、どのくらいの収入があるのかを知ります。そのため、より高い給料を求めるようになるか、より高い給料を求めて移動します。「より高く」の動きです。

そして、経済的には「平均化」が起きます。今、日本で起きている「経済の二極化」とか、米国のウオール街で懸命にデモにより訴えているのは、たぶんこれが原因です。段々と、同じ仕事であれば、世界中のどこであっても同じような給料になる時代がやってきているのです。物やサービスの値段も段々と平均化されていくでしょう。

ネット上の情報は、人々の考え、価値観を意識的、無意識的に平均化していきます。次にそれは現実として顕在化してきます。今、世界で起きている変革はこれでしょう。

経済の二極化とは、誰でも出来る仕事は、単価が下がっていき、特殊性が増すほど、単価が上がっていくという、自由に職業が選べる国であれば、どこにでもあっただろう仕組みが、世界的に起きているに過ぎません。世界を巻き込んで起きているので、上下の差が大きくなっているのです。誰でも出来る仕事についているならば世界的レベルに給料は安くなり、特殊性、オリジナリティーが必要な仕事には世界的レベルの高給が支払われます。

また、テクノロジーの発達は、音楽をより簡単に楽しませてくれるようになりました。家庭では、かつて蓄音機から始まり、高いレコードとプレーヤーで仰々しく聞くしかなかった音楽は、今や安くダウンロードし、持ち運べるプレーヤーに入れて、どこでも楽しむことができます。

そして、音楽がレコードやCDといったハードではなく、その本質はソフトであるとユーザーは分かっており、それ故に、ソフトを安く、そして無料で手に入れようとするのです。なぜなら、商業的な音楽はプロフェッショナルな仕事により高い値段が付けられますが、聞き手にとって同じレベルの音楽が個人によって作成され、無料で提供される状況も増えているからです。どこかで無料で楽しめる音楽がソフトとして流通している限り、高い値段が付いている音楽の値段も下がっていきます。

インターネットはソフトを高速に世界中へ広めていきます。今や人気のあるアーティストの新しいCDは発売日、もしくはそれより前にネットにアップされます。モラル的な面について批判をすることは簡単ですが、現実はもう変えられません。例えば、制限時速40km/hであっても、前の車が50km/hで走っていれば、大抵のドライバーは50km/hでついて行きます。黄色信号で停止可能な場合であっても大抵の車は止まらず、赤に変わってから数秒の間に交差点を突っ切っていく車のなんと多いことか。

全体として音楽の供給量は上がっています。そして、音楽の単価は下がっていきます。これは平均化です。ネットがあるかぎり、この流れは止められません。

日本の音楽市場は日本人のモラルの高さにより、守られています。中国では著作権を守る考えを人々に教育して来ませんでした。ですから、音楽を始めとするソフトの流通量が増えても、いままでの著作権ビジネスモデルでは利益は出せなかったのです。韓国は世界一のネット社会になりました。しかし、テクノロジーの発展の速さほど、著作物に対する意識は発展せず、その結果、無法アップロードと違法ダウンロードにより、音楽市場は壊滅状態になりました。

日本では長年続いていた音楽市場の閉鎖性、J-Popという言葉により我々が意識しだした音楽の独自性、そして決まりを守るという国民性により、違法ダウンロードによる市場の壊滅は避けられました。

しかし、段々と「平均化」は著作物に対するモラルにも浸透していきます。その結果、日本人も無料でダウンロードしようとする人が増えるでしょう。日本の市場は、経済の後退だけでなく、モラルの後退によっても縮小していきます。

世界に目を向ければ、壊滅状態になった韓国の音楽市場も、「好きなアーティストを守るため」という意識のもと、回復してきています。

そして、世界一大きな潜在的な市場である中国にも、「平均化」の流れは入っていくとことでしょう。今まで、無法状態であったソフトのダウンロードも、段々と意識が改革されていき、ソフトにお金を払う人が増えていくことでしょう。

断言しますが、これは比較的早く進む変化です。これまでの十年間の変化が同じ量だけ、これからの未来の十年間に起きたとしても大変化になるでしょうが、実際はもっと大きく変化するでしょう。

結果、日本市場は小さくなっていきます。アーティストは国内志向では、今の韓国人アーティストと同様に、段々と成り立たなくなります。米国、中国といった市場に出ていく必要に迫られるでしょう。

ネットに流れる音楽自体は、現在のPVと同様に、無料で広く配布され、宣伝ツールとなるでしょう。アーティストは有料ネット番組へ出演し、ダンスがあろうと、無かろうと、生ライブを世界各地で行うことで大きく稼ぐことになります。CDはファングッズと同じ扱いになるでしょう。(実際、そうなって来ています。)

この流れを一番掴んでいるのは、韓国の一番大きな芸能事務所であるSMエンターテイメントでしょう。所属アーティストである少女時代のファンである私にとって、メンバーを働かせすぎる、憎っくき相手ではありますが、経営的には世界の流れの最先端を突っ走っています。

一方、閉鎖的な市場にぬくぬくと守られているJ-Pop関係は変化を求めません。まず、アーティスト自身が国内でのメジャーレーベルを目指します。彼らはJ-Popのクオリティーと独自性を武器に、世界へ出ようとはしません。インターネットは新しいアーティストに取って強力な武器になるはずですが、自己満足の世界に浸っているだけの動画はあれど、それを観てくれているユーザーを音楽的に楽しませ、それにより自分を売り込もうとする日本人のなんと少ないことか。

それと、レーベルは日本の市場しか見ません。世界へ発信しようとしません。レーベルへ所属すれば、著作権は取り上げられ、著作権の管理会社が見張っているため、作った本人であっても、自分の曲をネットで流せなくなります。その分、レーベルが補って宣伝してくれればいいのですが、著作権の保護という名前の元、それはできません。予算がないという名目で、行われません。

さらに、大抵のメジャーレーベルでは、自動的にJASRACに取り込まれてしまいます。賛否両論あります。JASRACにより、アーティストは今まで取れなかった著作権に対する使用料を手にすることが出来ました。ただし、JASRACがお金を抜きすぎること、役人の事実上の天下り先であることなどは非難され続けています。

私は、JASRACを別の立場で非難したいと思います。それは管理体制が古い。やり方が古い。柔軟性がないという点で、日本のアーティストが世界市場に出ることを阻害しているという点で、ダメだと思います。

コンピューターでの管理が出来なかった時代、一元管理という手法は必要でありました。しかし、ネット上の音楽配信データは今や一件一件記録されている時代です。ですから、個別管理が可能なのです。

例えば、アーティストがから見れば、「このサービスには自分の楽曲を提供したい」、「このサービスにはしたくない」という管理が、本来簡単にできるはずです。しかし、一括管理の元、新しい音楽に関するサービスが、例えば米国で発生したとしても、JASRACとの一括交渉がまとまらなければ、そのサービスにJ-Popをはじめ日本の楽曲が流れることはありません。事実、ネット上の音楽保存サービスなどは、日本では使えなくなっています。

この手のサービスを提供する側にとっては、誰の楽曲が何曲保存されているかなどは、管理できているわけです。ですから、アーティストや作曲作詞、アレンジャーなど関係者に対する報酬の保証は、JASRACなどの著作権管理会社・団体が間に入っても、正確にできるはずです。

そして、新しいネットサービスに楽曲が提供できるということは、音楽作成側にとってユーザーへのプロモーションでもあるという考え方は、著作権管理団体には不可能なのです。

そうした現状を顧みず、一括管理を主張し、自らの団体の利益確保のため、実際は職員の給料、元役人の高い退職金のために、相手に高額な金額を叩きつけ、日本の楽曲が世界へ広まっていくことを阻害している著作権管理団体や、一緒につるんでいるメジャーレーベルのおかげで、J-Popは世界へ飛び出していけないのです。 業界はジリ貧状態で、手をこまねいているだけです。

昔、昔、著作権を守ることは必要なことでした。今でも同じです。このサイトでも著作権は主張させていただいています。丸々コピーを防ぐための方策としてです。こんな小さな個人サイトの内容であっても、自分の頭や時間を少しも使わず、内容だけコピーする人が多いのです。

昔は、JASRACが無くても、一曲当てれば一生食っていけるとか言われていたようです。しかし音楽に限らず、著作物自体の価値はネットの出現以来、下降しています。それをテクノロジーで守ろうとしても、新たなテクノロジーで無効になります。テクノロジーにより制御しようとしても、無理なのです。価値の下落は止められません。

音楽業界は新しいビジネスモデルに対応していかなくてはなりません。世界的な「平均化」により、今までの著作権ビジネスは成り立たなくなります。新しい時代がやって来ました。でも考え方を変え、流れに乗れれば、新しいチャンスです。

しかし、日本の音楽業界の現状では、著作物に対して個々のアーティストの意向を反映することができない点と、メジャーデビューすると、世界へ出づらくなるというのは、時代錯誤であり、凝り固まったシステムとしか言えないでしょう。

新しい仕組みが必要です。

ネット流通を前提とした仕組みが必要です。アーティストは管理事務所と契約します。アーティストと事務所間でスケジュールが決まられます。事務所は、アーティストの意向にそって、作品の取り扱いを個別に決めていきます。また、楽曲使用料の聴衆などは個別に音楽サービス提供会社、テレビやラジオ局と契約を結び、行います。自己申告制で良いでしょう。たまに、チェックを行うか、調査会社に正当性を監視させれば良いはずです。アーティストが楽曲の作成に集中したいのなら、事務所に任せてしまえばいいです。

これで、所属事務所とレーベルの区別がなくなります。今まであったレコード会社、レーベルというものはハードの流通を抑えていたため、力を持っていました。これから、もっとネット社会になれば、CDなどのハードは音楽流通の一つの手段でしか無いと認識され、固定された物理的な流通経路を持っているのではなく、ソフトとしての音楽流通を管理する会社という位置づけになります。

いままで、アーティストよりもそれを取り巻く環境が、大きく利益を得ていました。ただ、これからは楽曲の単価が下がっていくのですから、そうした周りにある会社が利益を大きく吸い上げることはできなくなります。著作権管理団体などはもっての外です。コストがかかりすぎます。そうした手間の部分を少なくして、楽曲そのものを宣伝ツールとして利用するようにします。

そのかわり、アーティストが生でパフォーマンスしやすくなっていくでしょう。チケット代金は段々と上がって行きます。世界中の所得格差はなっていきますから、アーティストは世界中でパフォーマンスするのです。

こうなっていけば、各地の「プロモーター」レベルで行われていた興行を、きちんとした会社として、ブラックな部分を完全に取り除いて運営できる会社が必要になります。興行にはブラックな部分がどこの国でも関わっているようですが、これからは世界的な評判も考えなくてはなりません。自分の使った企業がマフィア絡みであったとでも、ネットで流されたら、そのアーティストの評判は一気に下がる時代がやってきます。

また、各国の規制に合わせて、演出手段をたくさん持ち合わせ、また新しい演出を次々に開発していく会社は発展していきます。そうした会社の中には、世界企業に発展していくところもあるはずです。

SMエンターテイメントは、アイドルを使って世界制覇を成し遂げた後に、このような分野にも手を広げてくるかも知れません。日本の会社のなかからも、こうした分野で活躍できる企業が出てくることを祈りましょう。

音楽自体にも「平均化」はやってきます。世界中のアーティストは交流し、全世界的に、無国籍、無ジャンルの音楽が、段々と増えていきます。メロディーを理解するためには、繰り返してその傾向の楽曲を聞く必要はありますが、ビートは本能的であり、わかりやすい部分でありますので、音楽における共通語として、重要視されていくでしょう。

J-Popがそのオリジナリティーを「平均化」の波に逆らいながらも、保ち続け、クオリティーを上げていくのなら、別にK-Popに追随して、ダンスミュージック中心にならなくても、良いはずです。

日本人アーティストが世界でやる志を持ち、日本の音楽業界が世界企業を目指し、変わっていくなら、J-Popの名前は残り、黄金期はこれからやってくるでしょう。

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